Chez Soi シェソアと名付けた理由

「シェソア」は「自分のところで」といった意味です。「あー、自分のところでやるからね」とよく言われますが、ちょっと違います。フランスから戻ってきて、フランス料理・菓子の教室を立ち上げたのは今から33年前になります。その名前を付ける時に、これからやっていこうとすること、この仕事に対する自分の想いを名前にこめたいと思ったのです。

私が生まれたのは昭和27年、日本が戦後の荒廃からようやく立ち直り始めたころでした。それから急速に豊かになり、高度経済成長、バブル経済とその崩壊を経て今に至る時期に育ったわけです。
食べ物の切り口で言えば、充分な食べ物もなかった時代から、インスタント食品が流行し、ファーストフードの店やファミリー・レストランなどの外食産業が隆盛をきわめ、加工調理済食品が大量に出回ってきた時期と言うことができます。
私は食べ物に関するこの間の歴史を、「食べ物の手当てを他人(ひと)の手に渡してきた時代」ととらえています。

自分自身と自分の家族の食べ物の手当てをすることは、ひとが生きていくために欠かせない最も大事なことですが、ただ単に身体を作っていくのに大事だというだけではありません。
ひとは食べ物の手当てをすることによって、食べ物を通じて、ある、とても大事なものを伝えているのだと思います。赤ん坊にお乳を与えることを思い出してみてください。あるいは、想像してみてください。
食べ物を自分が与えなければ、この子はいのちを永らえることはできない。そのかけがえのない食べ物を通じて、同時に、その子に対する強い想い、すこやかに育ってほしいという想いや、私にとってあなたは大事なかけがえのないものという想いや、色んな想いを伝えているのだと思います。
その想いのかけはしとなっているのが、ほかならぬ食べ物だということに意味があるのです。
そのことこそが、身体だけではない、ひとの情緒を育てるのに最も大事なことだと私は考えています。そして、それは赤ん坊に対してだけではなく、家族に対して、自分の大事なひとに対して言えることだと思っています。それはまた、母と子の絆を強め、家族の絆を強め、ひとが自信を持って生きていくための基礎をつくっていくことにつながっていきます。

私は今から37年前にフランスへ渡り、5年弱の間、フランス料理・菓子を学び、たくさんの貴重な経験をすることができました。料理や製菓の知識・技術を学んだことはもちろんですが、フランスで学んだ最も大きなこと、それは一言でいえば、人間と食べ物との関わり方のことでした。
世界に冠たるフランス料理・菓子の世界はそれは素晴らしいものでした。フランスの食べ物には人を喜ばせ、元気づけ、感動させる充分な力がありました。料理、お菓子、パン、ワイン、すべての食べ物が限りない喜びと救いを与えてくれました。「おいしい」とただ口の中が喜ぶだけではない、身体中が「おいしい」といって喜んでいるような感銘を受けたのです。
それだけではありません。フランスで生活をして受けた最も大きな感銘は、そこに、食べ物とまじめに関わっているひとびとの暮らしがあったことでした。
そこには、食べ物を中心とし、食べ物をせいいっぱい大事にし、家族で食事を楽しむことを一番の喜びとしている家族の生活がありました。そしてそれを支えるに充分な「いのち」の力をもった食べ物がありました。作る人と食べる人、売る人と買う人、教える人と学ぶ人、両方それぞれが食べ物のことをおろそかにしない関係がありました。それが世界に冠たるフランス料理の礎(いしずえ)となっていることに気づかされたのです。
彼らは食べ物の手当てをすることを、際限なく他人(ひと)の手に渡すようなことはしていない、自分自身の手に、自分達の手にしっかりと握っているようでした。
そのような食べ物との関わり方こそが、私たちに限りない喜びをあたえてくれることに気づかされたこと、それがフランス滞在で得た最大の収穫でした。

食べ物の仕事をする為にフランスへ行った自分に、その食べ物が与えてくれた幸せな思いを人々に味わわせてあげたい、食べ物の手当てをそれぞれが自らの手に取り戻すためのお手伝いをしたい、その為に自分が身につけたものを役に立てたい、それがシェソアのスタートでした。
私はフランスでの貴重な経験を通して、食べ物の手当ては、自分自身で、自分の家族で、「自分のところで」、するほうがよい、そう確信したのです。それが、「シェソア」と名づけた理由です。