食感とおいしさ


             (画像はパリに居た頃の写真です。本文と直接の関係はありません。)



Q:「おいしさとは食べ物の質のことであり、その本質は視覚、触覚、聴覚によっては判断できない、それは味覚・嗅覚によってのみ判断できる」ということですが、それでは、食感は重要ではないということですか?私たち日本人は「ふわふわ」、「しっとり」といった食感にとてもこだわっていると思うのですが。

 

A:触覚による食感(触感)も食べ物の味わいの中でもちろん重要です。特に私たち日本人は昨今は味や香りよりもむしろ見た目と食感を重要視しているように思えます。ですが、食感はほとんどすべてと言っていいくらい個人の好みの問題であり、そのもののおいしさを(品質を)決定づけるものではない、客観性はほとんどない、と私は考えています。

前稿「おいしいお菓子を作るには(2)」で牛肉やクッキー、スポンジケーキの例をあげましたが、分かりやすい例として「柿」と「黒豆の煮物」をあげてみましょう。 

柿は一般的にはカリカリと歯ごたえのいいものが好まれているようですが、フランスなどではスプーンですくって食べるくらい柔らかく熟しているのが好まれます。日本でもそうした柿を好む人は少なからずいます。でも固いからおいしい柿であるとか、いや柔らかいからおいしい柿であるとかいうことはできません。それはあくまでも個人の好みの問題であって、その柿の品質の良し悪しの問題ではないということです。

お節料理の定番の黒豆の煮物は関西地方では表面にシワがなくふっくらと柔らかく煮あげるのがいいとされていますが、関東や九州ではあえてシワシワにし、歯ごたえがあるように煮上げることが多いです。これはどちらがおいしいということではなく、固いか柔らかいかの食感の問題はあくまでもその地域の人々のあるいは個人の習慣や好みによるものです。固いか柔らかいかが「黒豆の煮物」のおいしさを決定づけるものではないということです。

黒豆の煮物のおいしさは、材料である黒豆や砂糖、あるいは塩などがいい品質のものであり、ちゃんと火が通っていて、それらのことが食べた時に味覚・嗅覚で感じ取られるものであることだと言うことができます。 

食感はほとんどすべてと言っていいくらい個人の好みの問題だと言いましたが、フランス菓子、フランス料理に限っていえば、唯一必須といっていいくらい重要なものがあります。それは「口どけ」です。食感の中で口どけはフランス菓子にとって(フランス料理にとっても)好みに関わらず特に重要であり、一大特徴とも言える要素です。それなのに、私たち日本人には今ひとつ理解しにくい感覚のようにも思われます()ので、次回はこの口どけについて考えてみたいと思います。

 

おいしいお菓子を作るには(4)


              



本当においしいお菓子を作りたいと思ったら、そのお菓子の本質を充分に理解する必要があります。

たとえばおいしいマカロンを作りたいと思ったら、まずアーモンド、卵白、砂糖など、使われている一つ一つの材料の特徴、性質、その役割、またそのおいしさを理解していなければなりません。また、それらがどのように調理され組み立てられているか、その構造を余すところなく理解していなければなりません。そして何よりも、マカロンというお菓子のおいしさというものの本質を理解する必要があります。いったいどうできたマカロンがおいしいマカロンなのか、いったいマカロンのおいしさとは何なのだ、ということを、その本質をつかみとらなければならない、そうでなければ真っ当な判断力は身につかないでしょう。

しつこいようですが、そこに個人の「好み」がはいりこむ余地はありません。好みを排して物に向かい合うことが求められます。 

おいしさの本質をつかみとり、判断力を身につけるためには、とにかく食べて食べて食べまくるしかありません。音楽であれば聴く、絵画であれば見る、食べ物であれば食べる、ただひたすら聴く、見る、食べる、それしかありません。出来立てのマカロンも食べる、時間をおいた、あるいは日にちの経ったものも食べる、常温で食べる、冷蔵状態で食べる、空腹の時に食べる、満腹の時に食べる、食べては作り作っては食べる、成功したものも失敗したものも食べる、人の作ったものも色々と食べる、そうした経験をたくさん積むことでしかそのおいしさの本質はつかむことができません。 

それだけではなく、このマカロンという素晴らしいお菓子を生み出した文化にも理解が必要です。あるいは少なくとも興味を持つことが必要です。フランスの食文化、ひいてはそれを生み出したフランスの文化、マカロンというお菓子がいつどこでどう食べられているか、彼らが何をどう考え、どんな生活をしているかといったことも知っておく必要があります。 

考えてもみましょう。フランス人が和菓子を学んでフランスで和菓子の店を出したり、あるいは和菓子を教える教室を始めたとして、その人が日本の食文化、言葉、生活習慣、ものの考え方等、日本の文化をほとんど知らない、日本語も話せないし、日本語で書かれた和菓子の本も読めないとしたら、そんな人を信用できるでしょうか?その人が本当においしい和菓子を作ることができると思えるでしょうか?日本人であれば、これらはほとんど当たり前に身につけている事柄でしょう。 

料理は文化、お菓子も文化です。フランス料理もフランス菓子もフランス文化の文脈で把握されるべきものです。おいしいお菓子を作るためにはひとつのお菓子のレシピによる作り方だけではなく、ひとつひとつの材料のこと、そしてそのお菓子を生み出した文化、すなわちフランス菓子であるならば、フランスの食文化は言うまでもなく、フランスの言葉、人々の生活習慣、思想・哲学も含めたフランスの文化全体についての理解と知識が必要とされる、そうでなければ本当においしいフランス菓子を作ることはできない、と私自身は考えています。まぁ大層なことだと思われるかもしれませんが、フランスでお菓子作りを意識的におこなっている人なら、プロであろうと一般の人であろうと誰しも特に意識しなくとも当たり前に身につけていることですから、これは持つべき基本的な素養だと私は思います。